In 理念浸透

企業における経営理念の浸透が進まなかったり、後回しにされる理由のひとつとして、浸透の目的が曖昧であるという事があります。この理念の浸透で組織をかえよう、風土を変えよう、新しいビジネスを生み出す人を生み出そうなど、それぞれの企業に明確な目的があるのであれば良いのですが、なんとなく経営理念は必要だ、なんとなく浸透させないとという状態のままですと、なかなか上手く行きません。

理念は大事だけれど、目先に売上と利益の確保で忙しくて、時間に余裕ができたらやります、もしくは業績に余裕がある大企業が理念浸透にお金をかけるのではないでしょうか?など、もしそのようなお悩みや疑問をお持ちの場合、「売上を上げる為に理念浸透をする」という目的があれば如何でしょうか?

サービス・プロフィット・チェーンとは

本日は、経営理念とサービス・プロフィット・チェーンの関係性についてのお話させて頂きます。人事の方にはあまり触れる機会のないマーケティングの世界のお話です。大学院でマーケティングのゼミを選択しましたが、組織論や人材育成論の人事領域は、人事領域、マーケティングは他所の世界の話という様相で論文などの引用もお互いの領域にまたがるものがあまりないのですが、実はそのバウンダリー領域(境界領域)に面白いものが転がっています。海水と汽水(きすい)の交わる島根県松江にある宍道湖では、美味しいシジミが取れますが、それに近いものがあります。

1994年ジェームス・L・ヘスケットの提唱した「サービス・プロフィット・チェーン」は、従業員満足度の向上は、サービス品質を向上させ顧客満足を高める重要な要素とされます。すなわち、従業員満足がサービスの価値創造の原動力になるという考え方です。これは、実業界でも実践的に活用されている考え方であり、「従業員満足」の向上は結果的に売上を向上させる要因と認識されています。ヘスケットは、これを図式化して発表しました。

赤字部分は、私の加筆です。従業員満足の高まりがサービス品質を高め、サービスの向上が顧客満足を高め、ロイヤルカスタマーと言われる顧客を増やし、結果として売上が向上して利益が生まれる、それをまた元に戻って社内サービスの質に投資すると、それが好循環のチェーンになるという考え方です。尚、うちは、サービス業ではありませんという木々業にお勤めの方もいらっしゃると思いますが、モノや技術を提供するだけのBtoBのビジネスであっても、これからどんどんビジネスは、ものを売る事から価値を提供する事に変わって行きます。少し未来に目を向けるとどの業界でも通用する話であることがお判りになる事と思います。

出所:James L. Heskett(1994)
顧客の満足とロイヤリティを確実に収益性に結び付けるサービス・プロフィット・チェーンの実践法 ハーバードビジネスレビュー名著論文30選(2006)図表に「経営理念浸透」「従業員満足」「顧客満足」「売上向上」の赤字部分を筆者加筆

さて、上の図が示すように、従業員満足の向上の為にヘスケットは、内部サービスの品質が重要とし、要素として「職場設計」「職務設計」「従業員の選抜と育成」「従業員の報酬と認知」「顧客サービス用のツール」を上げました。

従業員満足と理念浸透

私は、2016年から2017年にかけて明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス科(MBAコース)において経営理念浸透に関する研究に取組みましたが、上記の項目に、さらに経営理念の浸透を付け加える事によりサービス・プロフィット・チェーンの効果的な促進(アクセラレート)を促す事が可能ではないかと考えました。従業員満足指標に着目し、経営理念浸透と従業員満足の関係性について、定量的(数字で)に証明したいと考えました。なぜなら、それまでにも従業員満足度と経営理念の関係に着目された研究者がいらっしゃいましたが、ヒアリングなどの定性的な手法でのアプローチだった為です。

最終的に『経営理念の浸透レベルの違いが組織成員に与える影響について‐「理念への共感」に着目した経営理念浸透―』という論文を執筆しましたが、その際、定量データを取る為に、東京に本社を置く東証一部上場のITメディア企業(従業員14,000名)の500名規模の1事業部で186名のアンケート調査とヒアリングを実施しました。(データの属性などについては、前回のブログ「経営理念浸透における「共感」の重要性」に詳しく記載しました。

前回のブログでお伝えした通り、理念の浸透は、以下の3つで測ることが可能です。今回のアンケートでは、この3つの因子(要素)に係わる設問と従業員満足を測る4問の設問で構成されています。

頭で理解している      「理解」(認知的理解)
心で感じている       「共感」(情緒的共感)
身体(行動)で示せている  「行動」(行動的関与)

従業員満足の設問は、日本労働政策研究・研修機構の従業員満足の4つ設問を採択し「とてもそう思う」から「全くそう思わない」までの7件法(質問得点が7段階)で回答を得ました。設問の妥当性を確認する為に主因子法、プロマックス回転で因子分析を行って妥当性を確認しています。それぞれの設問は、「今の仕事にやりがいを感じる」の「今の仕事に満足している」「今の仕事に達成感を感じる」「今の仕事が好きである」です。

経営理念が従業員満足にもたらす影響を見る為に、経営理念の3因子(理解・共感・行動)と従業員満足の因子得点との重回帰分析を行いました。結果は、以下の通りです。

「情緒的共感」が0.430、標準偏回帰係数が0.417と最も高い数値を示しました。統計的には、経営理念の「行動的関与」と「認知的理解」は、P値はそれぞれ0.238と0.993であり、この変数に影響を与えているとはいえません。つまり情緒的に共感している人のみが、従業員満足でも高い数値となりました。以上の事から、経営理念の浸透は、「情緒的共感」が進んだ時、従業員満足に影響を与えると言うことが証明できました。

因みに「共感」の設問は以下の3問です。

  • 私の価値観と自社の経営理念・経営方針・行動指針は矛盾しない
  • 自社の経営理念・経営方針・行動指針に共感を覚える
  • 自社の経営理念・経営方針・行動指針は仕事上の難関を乗り越える上で助けとなる

理念共感への施策が重要

長いお話になってしまいましたが、経営理念浸透は、以上の事から従業員満足を通し売上と利益の向上に強くかかわっているいる事がお判り頂けた事と思います。ただし、理念への「共感」あってこそ。理念唱和をしているので、大丈夫というのは、頭(認知的理解)で理解しているに過ぎませんので、もっと深い落とし込みが必要になって来ます。その為に、弊社では理念改定のお手伝いでは、上層部だけで理念と行動指針を作らないを徹底して頂き、新入社員への理念浸透のワークショップや、営業部門の研修での熱意を生み出す方法での仕事の意義の明確化、人事部門様向けの理念浸透の啓もう的ワークショップなど、様々なアプローチで「理念の共感に着目した経営理念浸透」を推進しているのです。

証明に失敗した項目

最後におまけですが、実は、証明に失敗した項目があります。もうひとつの仮設は、『経営理念の浸透の効果が「従業員満足」を高める過程には、組織との一体感や仕事への誇りという別の要因を介している』でした。その仮説を証明する為に、仕事の意義や組織の一員としての誇りなど9問の設問を用意しましたが、今回行ったサンプルには不適合であり、検証的因子分析の結果、因子としてのまとまりを持たなかった為、再現性の低い不安定な尺度(設問)として不採用としました。統計用語で言えば「弁別性がない」という結果です。従業員満足という言葉も、まだ定義が大きい為、このあたりも、現場感覚でなんとなくというのではなく、今後の課題として取組んで行きたいと考えています。

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