In 理念浸透

「経営理念とは何でしょうか?」
経営理念・行動指針などは、私自身、不変のもの、絶対変えてはならない企業の原則という思い込みがありましたが、理念に関する研究を深めた今では、その考え方は全く危険であり、
経営理念を中心に人と組織を変えて行こうと考えるならば、まずは自社の理念が今の時代にあっているのか、確認をすることから始めて頂きたいと考えています。

私は2015年より明治大学の専門職大学院に通い始めました。そして幅広く経営者としての知見を広める大学院のMBAコースに通いながら、幅広くというよりは、経営理念の研究に熱中して来ました。学術的な領域(勉強の世界)では、論文を書く際にまず言葉の定義をしっかりさせてから始めるのがお作法ですが、ビジネスの世界を見渡すと経営理念は、ミッション・ビジョン・バリュー、経営理念・経営方針・行動指針など、各社それぞれ定義がバラバラです。しかし実は学術的な領域での研究においてさえも経営理念の研究は実はあまり進んでいない為に、様々な研究者がいろいろな定義をしている現状があります。

学術的な領域での経営理念の定義を見て行くと、経営理念に関する考え方が変わってきているのが判ります。これを調べて論文にされた方がいらっしゃいます。埼玉大学専任講師の柴田仁夫さんです。柴田さんは、2013年論文 “経営理念の浸透に関する先行研究の一考察”でこれまでの研究者の経営理念の定義を纏められています。これを見ると経営理念も時代と共に定義も変遷しているのが見て取れます。70年代、80年代の経営理念は、経営者本人が自戒の意味を込めて信念や心構えを公表し、または自分自身の会社への想いとして掲げるというものが多く、その為、2000年より以前の経営理念の定義には経営者という言葉が多く入りますが、それ以降は定義から外される傾向が見られるのです。

経営理念の定義の変遷

研究者名経営理念の定義
中川1972「経営者自身によって公表された企業経営の目的およびその指導原理」
1972「明文化された組織の基本方針」
高田1978「経営者が企業という組織体を経営するに際して抱く信念、信条、理念」
鳥羽・浅野1984「経営者・組織体の行動規範・行動指針となる価値観、あるいは指導原理」
浅野1991「経営者あるいは企業が経営目的を達成しようとするための活動指針あるいは指導原理」
松田2002「公表された個人の信念、信条そのもの、もしくはそれが組織に根付いて、組織の基づく価値観として名分化されたもの。
伊丹・加護野2003「組織の理念的目的と経営のやり方と人々の行動についての基本的考え方」
住原・三井・渡邊2008「経営体を貫く事業の基本的信条や指導原理」
松葉2008「企業経営上の価値観ならびに行動規範を、企業の顧客、従業員をはじめ利害関係者に示すもの。」
高尾・高尾2010「組織体として公表している、成文化された価値観や信念」
渡辺2011「行為や慣行の基底となる、組織体に固有の価値観」
田中2012「社内外に公表された、経営者および組織体の明確な信念・価値観・行動規範」

出所:柴田(2013)より抜粋

帝塚山大学・大学院教授の田中雅子さんは、 その著書『経営理念浸透のメカニズム』( 中央経済社)の中で、これを企業は「経営者のもの」から「組織のもの」へ、「静態」から「動態」への変化と捉えています。更に「根付く」「体現」「共有」などの理念浸透の視点が定義に持ち込まれるようになったのも2000年以降であり、経営理念は、従業員に受け入れられ実践されることが不可欠であるという考え方が、今や定義のベースになってきたと言っています。つまり経営理念は、経営者の宣言ではなく、従業員の意識と行動を変えるものとして活用されると認識されるようになったのです。その為、私の研究上での経営理念の定義とは、「社内外に公表された企業の価値観・行動指針であり、組織運営上の判断基準かつ組織成員の拠り所(よりどころ)となるもの」であり、勿論「経営者」という言葉は出てきません。

良い経営理念のチェックポイントです。

もしあなたの会社の経営理念浸透が進まないとお悩みで、その経営理念が経営者の宣言、覚悟的なものであるならば、経営理念の文言に組織が影響を受けてしまっていないかを確認仕手見て下さい。そして経営理念を中心に人と組織を変えて行こうと考えるならば、ご創業の想いを大切にしながらも、組織のもの、従業員のものとなるように、上位概念はそのままに、経営方針や行動指針等を時代に合わせて変えて行く事をお勧め致します。

そのような形が時代にあっていると言えるのかは、そもそもの目的からひも解く必要があります。

経営理念浸透の目的は何か? -時代に合わせて進化する経営理念 -

そもそも経営理念浸透の目的を考えてみたいと思います。
理念浸透の浸透目的と期待される効果について、以下のようにまとめてみました。
目的が5つ、→でその期待される効果となります。

  1. 方向性の明確化 →目標達成力向上(業績向上)・
  2. 判断基準の明確化 →共通言語化・コミュニケーション力・ダイバーシティ推進・グローバル化・主体性
  3. 組織の一体感の醸成  →良質な組織文化の醸成・組織ロイヤルティ・コミュニケーション
  4. 仕事の意義の明確化→モチベーション・エンゲージメント強化・生産性の向上・従業員満足度/定着率向上
  5. 社会的信用→正当化・コンプライアンス強化・CSR

時代は、どんどん変化しています。ここに上げられている目的や効果とは、全く異なる目的の為に経営理念を機能させている企業があっても全く不思議ではありません。むしろ自然だと私は考えます。

先行研究を踏まえ、学術的な分類をしますと、以下のようになります。

経営理念の機能と効果

出所:田中(2016)に筆者が加筆

  • 参考文献
    • 田中雅子(2016), 『経営理念浸透のメカニズム』, 中央経済社
    • 鳥羽欽一郎・浅野俊光, “戦後日本の経営理念とその変化”, 『行動科学』,Vol 18, No.2, 37-51頁, 1984.
    • 横川正人, “現代日本企業の経営理念-経営理念の上場企業実態調査を踏まえて”, 『産研論集』37号, 125-137頁, 2010.

 

皆様の会社では、経営理念活用の目的は明確ですか?
特に冒頭申し上げたように、経営理念または行動指針のリニューアル(刷新)図る際には、なんの為の理念刷新なのか?なんの為の理念浸透なのかを議論されることをお勧め致します。

たとえば、以下のようにリニューアル(刷新)の理由が異なったらどうでしょうか?

  • なぜ1:経営者の心構えではなく、みんなが同じ方向を向き共通言語で語れるように新しくしましょう。
  • なぜ2:上場を踏まえて社会的視点・ステークホルダー視点を取り入れたものにしましょう。

当然ですが「なぜ1」と「なぜ2」は作りが変わってきます。

「どのように」が変わる為です。大切な経営理念を効果的に機能させる為に是非取り入れて頂きたいステップです。