In 社長の追伸

私は、温泉へ行くのが大好きです。それもどちらかと言うと鄙びた感じの「秘湯」と呼ばれるような所が大好きです。本を読むことも大好きで、温泉と本と気のおけない友人が一緒にいてくれたら、これで最高と言う事になります。

先日、山形の秘湯と言われる温泉に2泊3日ですが、プチ湯治に行ってきました。昔ながらの湯治棟への宿泊ですので、食事も自分で作りますし、部屋は1泊2500円ですが、窓のない5畳ほどの部屋で、廊下との境が障子のみという、ある程度年齢が行った女子でないと難易度高めのお宿です。隣との壁も薄く、音や声は全部筒抜けなので、できるだけ静かにしていなければいけません。今回は思いついて急な計画を立てた為ひとり旅でしたので、この静寂の中で過ごすというのもとてもリラックスできる時間となりました。

たいして使っていない癖にとお客様から、お叱りを受けそうですが、脳みそが疲れたので、積んであるビジネス書をさしおいて、仕事と全く関係ない本を3冊持参し、温泉に浸かっては布団でゴロゴロ、浸かってはゴロゴロを繰り返す事にしました。その中の一冊が、土井善晴さんの「一汁一菜でよいという提案」です。

土井善晴さんは、私が小さい頃「NHK今日の料理」などのテレビ番組で活躍されていた、料理研究家土井勝さんの息子さんで、お父様と同じく料理研究家です。お父様が出演されていた「おかずのクッキング」という番組も引き継がれて、土曜日の早朝のこの番組を毎回私も楽しみにしています。

「えのきだけ」で3品とか、ちくわとネギで1品とか、兎に角、その辺りに幾らでもある安い食材で、手早くできる家庭料理ばかりを毎回紹介されています。紫蘇の葉刻んでご飯に混ぜて紫蘇ご飯とか、ニンニクをバターで炒めてご飯に乗せたご飯とか、えのきのホイル焼きだけで、番組が成立するってある意味すごいですが、ちゃんと、えのきのホイル焼きにも紫蘇の刻み方にも、ニンニクのさらし方にも、「コツ」があるのです。

この「一汁一菜でよいという提案」という本は、勿論料理の本なのですが、印象としては、料理の本というよりは、生き方そのものの示唆を与えてくれる本でした。

食事はすべてのはじまり。大切なことは、1日1日、自分自身の心の置き場、心地よい場所に帰ってくる暮らしのリズムをつくること。その柱となるのが、一汁一菜という食事のスタイルです。

もの喜びできる人

その中で、「もの喜びできる人」の話が出てきました。料理屋の仕事というのは、お客様を喜ばせる事で、お客様に喜んで頂く為に、季節を先取りした献立や、座敷のしつらえと小さな工夫を凝らすわけですが、その小さな変化に気づいて下さり、まして褒めて下さるようなお客様は、料理屋にとってうれしいお客様であり、そういう小さな事でも閃いて気づける人の事を「もの喜びできる人」と言うと書かれています。

仕事をしていますと、何より喜んでくれる人が嬉しいものです。喜んでくれる人は、わかってくれる人ですから、わかってくれる人にいいものを買ってもらいたいと思います。もの喜びできる人は、ご本人はきっと気づかれていることと思いますが、どこに行っても、ずいぶんと得をされていると思います。

このような事を学ぶと自分自身も、「もの喜びできる人」になりたいと思いますし、私は、時々親しい方を自宅にお招きしてホームパーティをさせて頂くのですが、まさに手放しで私のお料理を喜んで下さるお客様に囲まれ、つくづく恵まれているのだと痛感します。

「賓主互換」気づいてもらう楽しみ、察する楽しみ

また気持ちに余裕がある時は、純粋に家族を喜ばせたいと思って料理を作るという話から土井さんの子供の頃、留守番を頼まれた時、親を喜ばせてやろうと一生懸命料理をして、帰ってくるまで知らん顔して、親が気づいてくれることを、ワクワクして待っていたというエピソードが紹介されています。

その話から、茶道では、亭主のものてなしの趣向や意図を何も告げないのに、客自身が察しくれることを、亭主の最上の喜びとしており、このように亭主と客が互いにもてなし合う心を「賓主互換」と呼ぶと書かれています。その瞬間亭主とお客様が入れ替わり、お客様に亭主側がもてなして貰っている、喜ばせてもらっているようになります。

仕事をしていましても、私の場合は特にお客様と一緒にゼロから考えて研修を創り上げることが多いので、時々なんというか、攻守入替わりのような気持ちになります。お客様に完全に場をリードして頂いている状態です。お客様からアイデアが溢れ出し、私はワクワクしながら、これをどうやって研修にしようかと思いながらお聞きしている、「賓主互換」は、自分の仕事に置き換えれば、まさにお客様と共に価値を産出す「価値共創」です。

茶事でなくとも、知り合いの家を訪ねて、招かれて部屋に入れば、絵を見て、花を見て、出されたお菓子やお茶のおいしさでも、ハッと気づいた思いを口にするのは、とても良いことです。たとえ間違ってたとしても、その心掛けそのものが、喜ばれることなのです。素敵な人だなと思われることでしょう。それがコミュニケーション力のある人です。

土井さんの本は、このように、料理の本とは思えない奥深さなのです。コミュニケーション力のある人とは、アンテナの高い人、好奇心を持ち、喜びをパッと口に出せる人、そう考えると仕事をする時も、メールより電話、電話より対面が大事だなぁと、また仕事に置き換えて思ったりしました。

ビジネス書ばかりで、お疲れの際には、ぜひ土井善晴さんの本を手に取って見てください。

「一汁一菜でよいという提案」